吉田たかおのよしだッシュブログ

京都市会議員 (公明党)・吉田孝雄が日々感じたことを綴ります。

教育フォーラムin京都

2010.07.28 (Wed)
鍛えの夏! 自己研さんの夏! 暑さを吹き飛ばして、勉強に頑張っています。


 
7月28日は、朝から夕方まで「子どもを共に育む未来づくり教育フォーラムin京都」で学びました。

9時30分から国際会館メインホールでオープニングセレモニー。他府県を含む3,000名を超える方々がご参集とのことで、ぎっしり満員。


 
高桑教育長や人づくり21世紀委員会尾池代表らの挨拶、文科省審議官の祝辞のあと、門川市長も笑顔で祝辞。「すべては子どもたちのために」を訴えました。

特別講演は、「子どもたちの健やかな育ちに ~子どもたちのために、今、何ができますか~」とのテーマで、ジャーナリストの江川紹子さんが登壇。

写真はNGとのことで、残念でしたが、素晴らしい話に聞き入ってしまい、途中からメモを取るのも忘れるほど。来てよかったです。

まず、京都の教育に尊敬の念を抱いたエピソードを紹介。オーム信者の家族という理由で阻害され排斥された子どもを、京都の学校や地域が温かく受け入れたとのこと。一気に場内を引きつけました。

今の子どもたちを取り巻く環境は、大きく3つの“貧しさ”があると指摘。自分に自信を持ち自己の尊厳を自覚する『自尊意識』が希薄化していること、他者の痛みに敏感な『イマジネーション』が欠落していること、そして『コミュニケーション力』が貧しくなっていること。

うーん、納得です。

これらは、カルト教団にのめりこんだ青年を取材する中で、掘り下げていったテーマとのことですが、教団に限らず、一般社会全体を覆う空気になっているのではないかと論じられました。

下記にメモを移植します。

・共通点を見出し、価値を認めあうことが無くなり、相違点を盾にバッシングするような、社会環境になっているのではないか

・便利で手軽で効率的を尊ぶ価値観にのみこまれ、苦労を避けてしまう風潮になっている。待つことの素晴らしさ、達成した時の喜びが味わえない子どもは気の毒ではないか

・子どもにとって大人が魅力あるものに映っていない。くたびれ果てた大人になりたくない、子どものままでいたいと願う青年の意識を変革するには、大人が変わらなければならない

・・・うーん、字が汚くて読めない。。。(自分の字やのに) すいません・・・・。

1時間を超える講演でしたが、あっという間というのが実感。知的刺激受けまくりで、くらくら状態です。

午後からは、4つの分科会に分かれて開催。分科会という方式は大賛成です。じっくり掘り下げることができるのが、素晴らしいですよね。

私は、京都会館会議場に移動し、第2分科会を聴講。「子育て“きょうかん”都市・京都の実現に向けて」とのテーマで、パネルディスカッションがありました。

コーディネーターから「シンポジウムはギリシャ語で酒宴とのこと。壇上には水がありますが、ざっくばらんに飾らず語り合いましょう」との第一声。ユニークですよね。

「子どもを共に育む市民憲章」のいっそうの浸透が不可欠という声が多く、推進を加速するために、条例を制定する必要性や課題等について活発な意見交換が展開されました。

児童ポルノの横行やケータイの落とし穴から子どもたちを守るためには、毅然として規制強化にも踏み込むべきであるという意見と、行政に依存するのではなく、市民が主体となって社会を変えるべきではないかという意見が熱く交わされ、白熱の展開となってきました。

第1部と2部の間に意見や質問を書きこんだ用紙が回収されたのですが、私が書いた意見が、再開後1番目に紹介されたので、思わずびっくり。

内容は、「憲章を推進するための市民意識向上を目指す条例には規制や罰則はそぐわない。しかし、児童ポルノやネットいじめ等には、具体的なルールを規定すべきである。条例を2つに分けて制定してはどうか」――というもの。(もちろん名前は記入していません)

これが読み上げられたとき、各パネリストが「同じ意見です」「分けるのは当然と思う」と言われました。審議会の議論に、ちょっぴりお役にたてられたかな?

その後も白熱の議論が展開されたのですが、藤原教育委員長が「総論賛成・各論反対ではよくない」「憲章は普遍であるが、条例は可変であるべき」等と大事なコメントをされました。

ちょうど、条例のあり方などを真剣に研さんしている時ですので、本当に勉強になりました。

さらに、藤原委員長は、最後の締めで、子どもたちを育む京都の条例なのだからと、「ひらがな」「京ことば」を多用してはどうかと提唱。

私も大賛成です。東京都豊島区では「子どもの権利に関する条例」の前文が20行以上にわたって「ひらがな主体」で書かれていますし、高知県の条例と記憶していますが「方言」で宣言し、その下に「標準語訳」が付いている条例もあるからです。

市民が主体の機運を盛り上げていく、このようなシンポジウムは重要ですよね。スカッと爽快な気分になりました。

教育先進都市・京都の発展のため、いっそうお役に立っていこうと、改めて決意できました。よしだッシュ!