2009.04.26 (Sun)
4月26日は、23年前にチェルノブイリで原子力発電所が爆発事故を起こした日。この日を忘れてはいけないとの思いで、市民団体の方々が力を合わせて毎年シンポジウムを開催されています。

今年は、22の団体の方が実行委員会を組織し、「チェルノブイリ被災者の今―苦しむ人を決して忘れずに」のテーマで開催。ハートピア京都に超満員の110名が集い、私も野田正彰・関西学院大教授の講演を受講しました。
23年前の原発事故発生直後、当局の厳重な情報管理がしかれたそうです。被災者は訳が分からないまま暫く放置されたあと、半強制的に避難を余儀なくされたとのこと。
その時に、軍隊や消防関係者に混じって、希望者が募られて、多くの市民が現地の事故処理の作業に従事したらしいですが、その方々(リクビダートルというそうです)が数年もたたないうちに、深刻な放射能被害が発生したというのです。
しかも、当初の約束が果たされず、満足な補償も無く、やがて忘れ去られてしまうという悲劇が、実に何万件もあったことを学びました。
野田教授によると、ほとんどの被ばく者は、10以上もの病気を抱えているとのこと。ヒューマンエラーは避けられないのであるがゆえに、社会全体で原発について考えていかなければならないと訴えておられたのが印象的でした。特に政治の責任は重いと実感しました。
プルトニウムを搭載したトラックが名神高速を走っています。京都市民にとって他人事ではありません。これからも研鑽を深めていこうと思います。

今年は、22の団体の方が実行委員会を組織し、「チェルノブイリ被災者の今―苦しむ人を決して忘れずに」のテーマで開催。ハートピア京都に超満員の110名が集い、私も野田正彰・関西学院大教授の講演を受講しました。
23年前の原発事故発生直後、当局の厳重な情報管理がしかれたそうです。被災者は訳が分からないまま暫く放置されたあと、半強制的に避難を余儀なくされたとのこと。
その時に、軍隊や消防関係者に混じって、希望者が募られて、多くの市民が現地の事故処理の作業に従事したらしいですが、その方々(リクビダートルというそうです)が数年もたたないうちに、深刻な放射能被害が発生したというのです。
しかも、当初の約束が果たされず、満足な補償も無く、やがて忘れ去られてしまうという悲劇が、実に何万件もあったことを学びました。
野田教授によると、ほとんどの被ばく者は、10以上もの病気を抱えているとのこと。ヒューマンエラーは避けられないのであるがゆえに、社会全体で原発について考えていかなければならないと訴えておられたのが印象的でした。特に政治の責任は重いと実感しました。
プルトニウムを搭載したトラックが名神高速を走っています。京都市民にとって他人事ではありません。これからも研鑽を深めていこうと思います。