吉田たかおのよしだッシュブログ

京都市会議員 (公明党)・吉田孝雄が日々感じたことを綴ります。

こんな大河を視てみたい!(その1)

2024.04.19 (Fri)
【波乱万丈のドラマを視たい!】
 NHKの大河ドラマと朝ドラは、国民的人気コンテンツと言われ、様々な話題を提供しています。なかでも大河ドラマについては、昨年(2023)の「どうする家康」が賛否両論を巻き起こしたのが印象的でした。

 特に、有村架純演じる瀬名(築山殿)が「戦のない世の中を作りたい」というユートピア的な理想を抱いて行動した場面では、あまりにも現代の価値観が勝ちすぎて当時の常識とは合わないとの批判も出ていたようです。

 確かにそうかもしれませんが、大河ドラマとは、今に生きる人たちが歴史を振り返って、激動の時代を生きた人物たちの波瀾万丈の人間模様に共感し、一喜一憂するものではないでしょうか。

 たとえば、平家物語や太平記で描かれた源義経や楠木正成たちの活躍も、室町時代の能や江戸時代の歌舞伎、明治時代の大衆演劇、そして大正や昭和以降の映画やテレビドラマなど、その時代の最先端コンテンツで描かれているわけですから、特に目くじらを立てるものでは無いのではないかと思います。

 従って、今の時代に生きる私たちが戦国時代の家康や信長たちの活躍を21世紀の価値観で解釈して「あーでもない、こーでもない」と楽しんでいくのも全くアリなのではないかと思います。

 ところで、大河ドラマを筆頭に、歴史を扱った数多くの映像作品では、戦国乱世や幕末維新以外の時代ものはあまりヒットしないと言われています。確かにその時代以外のテーマはあまり聞きません。ひねくれているかも知れませんが、戦国や幕末以外の時代の大河ドラマも見てみたいと私は思ってしまいます。

 そこで、2つのお勧めの素材を紹介したいと思います。ズバリ、吉田たかおがお勧めする“こんな大河が見てみたい!” 今回は、まず1つ目をプレゼンさせていただきます。
 
【遅れてきた英雄たち①】
 私は、幕末維新の時代から少し遅く生まれてきた世代が主人公の「群像劇」が面白いのではないか思っています。仮タイトルは「遅れてきた英雄たち」でどうでしょうか。

 登場人物は、大きく2つのパターンに分かれていて、前者は原敬・浜口雄幸・犬養毅そして高橋是清という総理大臣経験者です。彼らは藩閥政治から政党政治に転換させた立役者であると共に、いずれも暗殺されるという悲劇に見舞われた点で共通しています。

 後者は、大正デモクラシーと呼ばれる2度にわたる「護憲運動」で、普通選挙や政権交代可能な二大政党制を勝ちとった直後、軍国主義一色に塗りつぶされる怒涛の時代に突入する中で、その激流に抗った政治家で、憲政の神様と言われた尾崎行雄、反軍演説の斎藤隆夫、腹切り問答の浜田国松たちです。 
 
 「平民宰相」と親しまれた原敬は、盛岡藩の家老の家柄に生まれましたが、明治維新の賊軍の立場であったために没落し、士族の身分を捨てて平民となってフランス人の学僕という立場で苦学に励んできました。そして大学も不当なトラブルによって中退を余儀なくされたにもかかわらず、そこからジャーナリストや外交官として道を切り開いていきます。

 伊藤博文からスカウトされて政界に飛び込んで以降は、星亨などひと癖もふた癖もある豪傑と切磋琢磨。山形有朋ら藩閥の巨頭と渡り合って、粘り強く政党政治を前進させていったのです。そして第一次世界大戦やシベリア出兵など激動の政治の舵取りを行なう中核として活躍する中で、米騒動という前代未聞の大事件を受けて総理大臣に就任しました。しかし道半ばで暗殺されてしまったのです。 

 「男子の本懐」という言葉を残した浜口雄幸は、ライオン宰相と言われる豪快な風貌とは裏腹に誠実実直な仕事で信頼を勝ち取り、大蔵次官から政治家に転身。原敬率いる政友会のライバル民政党で頭角を表わし、二大政党が交互で政権交代する理想を実現します。しかし、昭和恐慌の大変な時代に総理大臣を引き受け、軍縮条約や金解禁という難事業に臨み、歯を食いしばって綱渡りしていましたが、原と同じく東京駅で凶漢に襲われ、その傷が癒えないまま無理を重ねて亡くなってしまうのです。

 また、ジャーナリスト出身の犬養毅は、政府の横暴を糺す政党政治家として大正デモクラシーをけん引しました。ちなみに彼の曾孫が女優の安藤サクラ。顔もちょっと似ていると言われているらしいです。それはともかく、犬養は昭和恐慌の大変な時期に政党内閣が瓦解するかもしれないとも言われているときに、これまで野党の旗頭として対峙してきた最大の好敵手・政友会のトップに就きます。そして総理大臣として満州事変を始めとする軍部勢力の横暴と戦っていたのですが、昭和7年、515事件によって命を落としました。彼もまた総理大臣在職中に凶弾に斃れたのです。

 昭和史最大のクーデター226事件において、総理大臣経験者である高橋是清も命を落としました。高橋は、原敬と同じように賊軍出身のため歯を食いしばって道をひらいてきました。そして海外に雄飛した際には騙されて奴隷として売り飛ばされると言う、考えられないような波瀾万丈の青春を送ります。原もフランス人の学僕と言う奴隷に近いような立場でしたが、それよりもまだひどい正真正銘の奴隷に身をやつして悪戦苦闘したのが高橋是清でした。

 奇跡的に帰国した後は経済界で実績を積み、日露戦争のときにはロンドンで国債を集めると言う重大な使命を担って活躍しました。そして原亡き後の政友会の総裁を懇請され、総理の座に就きます。彼の本領は大蔵大臣であり、何度も経済危機を救う手腕を発揮。80歳を超える高齢にもかかわらず大蔵大臣を引き受け、226事件で犠牲になったのです。

 彼らは幕末維新の志士の次世代であり、「遅れてきた英雄」として位人臣を極めたけれども、時代の激流に飲み込まれて命を落としました。命がけで国のため民衆のため戦った人たちだと思います。

【遅れてきた英雄たち②】
 昭和11年、226事件を受けて軍部を国会で痛烈に弾劾する「粛軍演説」を敢行したのが、斎藤隆夫です。斎藤は苦学して早稲田を卒業後に弁護士として活躍し、衆院当選後は一貫して野党の立場で論陣を張りました。演説は軍部批判にとどまらず、軍部に擦り寄る政治家に対しても強烈な批判を浴びせ、軍人の政治介入を批判するとともに、515事件に対する軍の対応が226事件の遠因となったのではないかと指摘しました。さらに同15年には有名な「反軍演説」を敢行。大紛糾に陥った議会は斎藤を除名処分します。しかしその直後の選挙では、大政翼賛会非推薦でありながら1位で当選しているのです。

 同12年の「腹切り問答」は、議長経験者であるベテラン浜田国松が言論の自由を圧迫する軍部の独裁を批判したところ、答弁に立った寺内陸相が「軍人を侮辱した」と反論。これに対して浜田が「速記録を調べて私が軍を侮辱する言葉があるなら割腹して君に謝罪する。なかったら君が割腹せよ」と叫び大混乱。廣田内閣が総辞職した事件です。

 最後に紹介するのは、憲政の神様・尾崎行雄です。国会が開設された第1回総選挙で当選以来、戦後まで連続25回当選というギネス級の大政治家であり、大正デモクラシーの象徴でもあった尾崎は、第一次世界大戦の大惨事を目の当たりにして平和主義者になりました。そしてその最晩年、昭和17年に東條内閣に翼賛選挙の中止を求める公開意見書を出すも握りつぶされ、応援演説の言葉尻をとらえられて不敬罪で起訴されるのです。84歳の尾崎は徹底抗戦を決意して裁判に臨み、一審では有罪でしたが同19年の大審院(最高裁)で無罪を勝ち取ったのです。私は、ここがドラマのクライマックスではないかと思います。

 尾崎は、同姓の政府高官尾崎三良の娘セオドラ(英国女性とのハーフ)と郵便物の誤配で知り合う奇しき縁で結婚。家庭では英語で会話するとともに、性別や年齢、身分の差などで人を分け隔てすることは一切なく、娘や使用人にも丁寧語を話していたジェントルマンでした。

 なお、同じく“遅れてきた英雄”である原敬は、薩摩出身の外交官で「鹿鳴館」の名付け親である中井弘の娘と結婚。立身のためでしたが、パリの社交界で注目を浴びた美貌の若妻とは不幸な家庭生活だったようで、泥沼の離婚を経験します。その後に、岩手出身で貧困のため芸者であった女性と再婚。純愛を貫いたエピソードは有名です。

 清濁併せ呑む現実主義者原敬と、妥協を知らない理想主義者尾崎行雄。まさに対照的な2人ですが、実は当時極めて珍しいキリスト教を受洗しているという共通項があり、颯爽としたダンディさで人を引き付けたようです。

 明治維新後、自由民権運動や憲法制定、国会開設を経て、大正デモクラシー、昭和の激動と、時代が移り変わっていく中で、多くの英雄たちが活躍した人間ドラマを、私は視てみたいと思います。みなさん、いかがでしょうか?(つづく)