吉田たかおのよしだッシュブログ

京都市会議員 (公明党)・吉田孝雄が日々感じたことを綴ります。

私の青春時代ーその4

2008.08.10 (Sun)
中3の夏、三者会談で担任は冷静かつ丁寧に言いました。

「吉田君はクラスの真ん中よりちょっと下の成績です。つまり300人中150番以下なのです。早稲田どころか大学自体も今のままでは難しいですよ」

私はある程度は予想していたのですが、母はショックを受けました。その夜はお通夜のように家の中で泣き続けたのです。父は沈黙を守りました。

友達同士では、「他人が行くから行かなあかんのはオカシイ」とか「世間体のために高校行くなんてマッピラやっ!」と意気がっていたのですが、そのときに直視を余儀なくされたのは、口先で偉そうに言っても、それは努力をしない言い訳にしかすぎないという、自分の卑怯な心根でした。

この1点に気づくことが出来たのが、私の幸運だったと思います。

私は必死に勉強を始めました。自分でプランを組んできめ細かく時間割を決め、すべての生活リズムを勉強に集中させて、眠る間も惜しんで徹底的にやったのです。

男がいったんやると決めた時、思いがけない潜在力が発揮するものですね。みるみる成績がアップし始めました。凝り性の性格が良い方向に作用したと思います。勉強が加速しフル回転していきました。

土壇場に追い込まれなければわからないのが情けないのですが、学ぶことの楽しさ・面白さを、初めてと言っていいくらいに実感できました。勉強の醍醐味を味わえた幸せは、その後の人生にとって私の宝物になりました。

そして、秋から冬にかけて、私はクラスのBIG3に食い込み、同級生や教員の度肝を抜きました。年明けの試験で学年トップ5になったとき、担任は満面の笑みで、公立高校以外に有名予備校の特別コースを勧めるまでになったのです。

3月、15の春――。私は府立山城高校と予備校の試験に合格しました!! 

うれしさの反面、私は強烈なプレッシャーに直面しました。サッカー部入部も断念し、3年計画での受験勉強に突入したのですから。

ある意味、青春を犠牲にして臨んだ覚悟の高校時代。その日々はバラ色か灰色になるのか・・・・? 続きは後日っ!!