吉田たかおのよしだッシュブログ

京都市会議員 (公明党)・吉田孝雄が日々感じたことを綴ります。

指定期間 の記事一覧

未来の部活動についての一提案(後編)

2024.05.13 (Mon)
【2つの具体的提案】
 1つは「長期リーグ戦方式」である。野球やサッカーなどの球技において、夏季大会や秋季大会を一発勝負のトーナメントではなく、W杯アジア予選のような「1次予選」や「2次予選」を長期にわたってリーグで戦ってはどうだろうか。

 例えば、京都市でいえば洛中圏(上京・中京・下京区と南区)と洛北圏(北区と左京区)と洛東圏(山科と東山区)と洛西圏(右京・西京区)及び伏見区の5圏に分け、各圏で数Gに分けてリーグ戦を行なう。1G4チームなら最低でも3試合できる。2次リーグ(チーム数によっては3次)を勝ち抜くと各圏代表の最終予選を行ない、これはトーナメントでも良しとする(サッカー予選も同じなので)。

 そこで面白そうなのは、社会人野球の都市対抗で導入されている「選手補強」という制度ではないだろうか。2次予選や最終予選に勝ち上がったチームに、敗退したチームの有望選手、たとえばピッチャーやGKなどを加入させて試合に臨むのである。この補強制度は、サッカーでも戦後間もない時期に都市対抗の全国大会で当たり前のように実施されており、「全京都」とか「全大阪」というネーミングになり、それが「全日本」すなわち日本代表チームを編成して対外試合の代表選手を選抜していったのである。高校は良いが中学は難しいとか、補強は何人まで認めるかなど、細かなルールは詰めていかなければならないが、一考の余地はあると考える。

 もう1つは「合同チーム制」である。これは、球技や格闘技に限らず、採点競技やタイム競技などほとんどの競技で、選手や指導者の減少に苦しんでおり、「〇〇中学」や「△△高校」という単独チームでは先が見えないことを直視して、思い切って地域で合同チームを編成するのである。

 種目によって違うだろうが、例えば中京区で5チーム、右京区で8チーム、伏見区で12チームを編成(奇しくも議員数と同じである)することで、各チームで複数のコーチが指導や強化の方針を協議し、選手選考や起用などもサポートし合うことができるし、選手同士のトラブル対応などに対しても、1人で全責任を抱え込むことなく、複眼的に指導育成することができる。昨今の大きな課題である「負担軽減」「働き方改革」につながるのではないだろうか。

 この合同チーム制は、さきほどの「選手補強」でも言及したが、地元地域のライバル同士が競い合い励まし合って、良い意味の切磋琢磨する中で、他者をリスペクトする協調性も育んでいけるであろう。同時に、地域で合同チームを編成することは、地域ぐるみのスポーツ振興の協力体制や地元に住む多世代の市民(元選手や大学生、OB・OGなど)からのサポートなどについても、無理なく自然な在り方で「地域移行」していくのではないかと思う。

 検討会でも意見が出されていたが、教員から「地域のおっちゃん」に全面的に、そして拙速に移行することは、様々な問題点が噴出すると懸念されるし、教員が部活に携わりたいと思っている割合が少なくないとの調査結果もあるのであれば、私は「地域移行」の漸進的なアプローチの一環として、「合同チーム制」を検討する意義があると提案したい。

【文化系部活の提案】
 吹奏楽や合唱、演劇など文化系の部活動は、コンクールや発表会、学校行事や地域行事への参画などがある。これらはいずれも、生徒たちにとってかけがえのない「学びの場」であり、スポーツ系の部活に勝るとも劣らない意義があることは言うまでもない。同時に、所属部員の減少や指導者の負担という問題についても、同じく深刻な課題を抱えている。

 私はここでも、「合同制」を提唱したいが、少しニュアンスが違う。地域ごとにブロックを割って、複数校でチームを編成してコンクールに挑む、というやり方は同じだが、それだけでなく、校内で複数の部が合同で発表することも1つではないか。私のアイデアは、文化祭などで「ミュージカル」を上演するというもので、吹奏楽と合唱部が音楽を担当し、脚本を文芸部、設営を美術部、演技と演出を演劇部が担当することで「総合芸術」を、部の垣根を越えて作り上げていくことが出来るのである。是非チャレンジしてほしい。かけがえのない経験となるし、保護者や地域の方々が喜ぶのではないだろうか。
 
 さて、私の娘は3人とも、中学の部活は吹奏楽部であったが、そのうち2人が塔南高校(現・開建高校)に進学し、コンクールで何度も全国大会に出場するなど、貴重な青春の1頁を刻んだ。この高校の吹奏楽部は、以前から他とは違うユニークなスタイルをとっており、手前味噌かもしれないが、私は「未来の吹奏楽活動の在り方」を先取りしていると思っている。何かというと、高校生は平日夕方に練習するが、土日にはOB・OGの学生や社会人が「一般メンバー」として加わり、コンクールの練習を重ねるのである。コンクール以外にも、他団体とのジョイントコンサートや全校生徒や保護者らを招いた発表会に加え、南区の地域行事などで演奏したり、野球部の応援のブラバンとして友情出場もしている。

 「一般メンバー」は高校時代に基礎ができているので、土日や本番前の期間でも十分であり、高校生は平日に連日練習するため上達が早く、多世代の融合で良い化学反応を示すと思う。それだけでなく、「愛校意識」は共通なので、目標に向けて心を合わせ団結する、かけがえのない経験を積むことが出来るのである。この「塔南(開建)方式」は、他の多くの団体にとって参考になると思う。検討する価値があると申し上げたい。

【さいごに】
 以上、様々に提案させて頂いた。僭越ではあることは言うまでもないし、その通りに実施することを求めるつもりは元よりない。京都市が抱える様々な課題に取り組む、多くの方々と心を合わせ、微力ながらも貢献したいとの思いで綴らせて頂いた。

 検討会の当日に、勢いのままに書いたものであるので、立論や文章に齟齬が多いかと思うが、熱意の表れと寛恕して下さればありがたい。(おわり) 

未来の部活動についての一提案(前編)

2024.05.13 (Mon)
【はじめに】
 私は、2021年2月市会本会議代表質問で、働き方改革の一環で「部活動」の在り方に言及し、教員の負担軽減や地域との連携・協働が重要と論じた。

 また、文科省が2020年9月に「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」を打ち出し、それを受けて本市も「学校部活動及び地域クラブ活動の在り方検討委員会」が設置され、本年1月に第1回検討員会が開かれた。その時には所要のため欠席したが、本日(5月13日)開催された第2回検討委員会には幸いにも傍聴することが出来た。記者席や傍聴席が満員になるほど多くの方が見守り、関心の大きさを改めて実感した次第である。

 スポーツ競技において、目指すものは多岐にわたる。トップアスリート育成、若い世代のすそ野の拡大、生涯にわたる多世代がスポーツを楽しむ環境の整備などであり、こうした幅広い目的が混在しているという点では、吹奏楽や合唱、ダンスなど文化芸術の在り方にも共通している。

 わが国は近代以降、学校教育の一環としてスポーツや音楽などでは、学校単位でチームが結成され、対抗戦方式の大会が開催されてきた。甲子園に代表される「全国大会」の頂点を目指して鍛錬を重ね切磋琢磨する中で、日本代表やプロ選手を輩出してきた。その基盤を支えてきたのが中学高校の部活動であったのである。

 しかし、21世紀に入り、価値観の多様化と少子高齢化の影響で、中高の部活動の根幹が揺らいでいる。部活動の未来は極めて重大な課題である。自分自身も青春の日々に部活動で汗を流した1人であるし、子どもたちも部活でお世話になっており、その保護者として経験も積ませて頂いた。

 今回、検討会の議論を直接お聞きすることで、大変に勉強になった。また、これに触発されて、以前から自分なりに温めていた構想が動き出したような手ごたえがあった。そこで、京都の部活の未来のために私見を文章化し、具体的な提案をさせて頂きたい。この提言がきっかけとなり、各方面の皆さんの議論が活発化して、具体的な検討に少しでも役立てば望外の喜びである。

【競技スポーツの問題点について】
 競技スポーツはいくつかに細分化される。1度の大会でタイムを競う陸上と水泳や、採点を競う体操やダンスがあり、ボールを使って点数を奪い合う球技は、野球・サッカー・バスケ・バレーなどの団体戦と、個人・団体のパターンがある卓球やテニス、バドミントンなどがある。もう1つの格闘技は、柔道や剣道、レスリング、ボクシングなど、基本的には1対1の対戦である。

 これらに共通するのは、中高では部活のチームで地元の市内や県内でトーナメントを勝ち抜き、学校や府県の名誉をかけて全国大会(インターハイ・インターミドルなど含む)で覇を競うのだが、小学校時代は部活ではなく、少年団やリトルリーグ、地域伝統のクラブや道場で基礎を学ぶ、という点である。そして、中学で活躍した選手は強豪校からスカウトされるが、それ以外は公立校で踏ん張るか、あるいは競技者から一線を引いて応援に回る、というケースが多いのではないだろうか。

 しかも、球技や格闘技は、中高とも競技大会のほとんどがトーナメント方式のため、1回戦負けしたら2戦目はない。敗けた反省を次に生かせないし、勝ち進めば連戦の酷使が選手に負担をかける。最近は昔と比べて日程の編成面では配慮されるようにはなったが、「負ければ終わり」に縛られる点は変わらず、勝利至上主義に陥ってしまう弊害が避けられない。しごきや体罰、いじめ、不正などの不祥事が後を絶たない原因とも言えよう。強豪校では3年間1試合も出場できない優秀な選手が数多く、そうでないチームの選手は1、2試合で去らざるを得ない。ある意味、理不尽な部分が大きいと言えるのではないだろうか。

 もう1つの問題点は指導者である。球技や格闘技でもそうだが、タイム競技や採点競技は特にコーチの指導力が問われる。才能ややる気があってもコーチに合わない選手は移籍できずに燻ったり、コーチの異動や引退がチームの浮沈を左右してしまう。コーチの側も時代を先取りするトレーニングやメンタル面の指導の「改善」が常に求められるのである。

 水泳や体操、あるいは卓球などでは、子どもの時からの地域クラブに所属したまま大会に出場するケースが多いし、陸上も地域クラブの存在がクローズアップされている。一方、球技ではコーチが10年も20年も異動しない私立校の方が、数年で転任を余儀なくされる公立校よりもはるかに有利であり、この傾向は近年、顕著になっていると思うのは私1人では無い。

 サッカーは90年代からJリーグ百年構想で、地元密着のクラブチームがユース部門を強化し、人材を発掘すると共に、すそ野を広げようというミッションを掲げている。これらは功を奏していると思うが、高校世代ではユース大会と全国選手権が分かれるという、避けて通れない弊害が表面化している実態も見受けられる。これを解消するために、一部の強豪校とユースチームをピックアップした「ダイヤモンドリーグ」を編成しているが、かえって強豪チームとそれ以外の実力差が顕著になっているというジレンマもあるのではないだろうか。

 こうした問題点は、いち早く地域クラブを打ち出したサッカーに限らず、その他の球技でも、あるいは格闘技などでも、大なり小なり表面化してくると思われる。そこで、私はその解決策として2つの提案をさせて頂きたい。(つづく)
 | HOME |